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宗教と文化の専門新聞 創刊1897年
中外日報社「宗教文化講座」

公暁の読み方について(1/2ページ)

駒澤大専任講師 舘隆志氏

2022年4月11日 13時05分
たち・りゅうし氏=1976年、静岡県沼津市生まれ。駒澤大大学院博士後期課程修了。博士(仏教学)。専門は曹洞宗学、日本禅宗史、禅と文化。現在、駒澤大専任講師、沼津市・曹洞宗龍音寺住職。著書に『園城寺公胤の研究』(春秋社)、共編『蘭渓道隆禅師全集』第一巻(思文閣)、共著『別冊太陽 禅宗入門』(平凡社)がある。

公暁(1200~19)を「くぎょう」と読まないなど考えたこともなかった。このことを最初に疑問に思ったのが、公暁の師である公胤の研究をしていた時のことであった。道元の参師である園城寺公胤に注目して研究をはじめたのが2005年である。法然の『選択集』に反論書を書き、鎌倉3代将軍の源実朝を殺害した公暁の師でもあるなど、当時の仏教界における公胤の位置づけやその関係性に興味を引かれたのである。

公暁は鎌倉2代将軍の源頼家の遺児であり、幼名を善哉と言った。頼家が伊豆で殺された後、北条政子の計らいで尊暁(鶴岡八幡宮寺2代別当)の弟子になり、また実朝の猶子となる。その後、定暁(鶴岡八幡宮寺3代別当)の弟子となって頼暁と名づけられた。園城寺僧侶として東大寺で受戒している。さらにその後、園城寺公胤の門弟となりその会下にあったらしく、この時、公暁と名づけられたようである。

建保5(1217)年に北条政子によって鎌倉に呼ばれて鶴岡八幡宮寺別当となった。しかしながら、承久元(1219)年に鶴岡八幡宮寺において、実朝を殺害してしまったのである。そして、その公暁もその日のうちに討ち取られた。殺害の場にいた公卿たちは、公暁が「親ノ敵ハカクウツゾ」と言ったことを皆が聞いていたという(『愚管抄』巻6)。本来、実朝は頼家の敵ではないが、そう公暁に進言した人があったことになる。公暁が親の敵として実朝を殺害したことそのものが不自然であり、当時から黒幕の存在が疑われた。そして、事件そのものだけではなく、その周辺にも多くの謎を含むものであった。現在まで多くの学者によってその黒幕が推定されつつも、その真相は謎に包まれたままである。

くぎょう説に疑問

公暁は公胤の「公」が系字として用いられた僧名である。伝統的に、曹洞宗や浄土宗では公胤を「こういん」と読んできた。そのため、公暁も「くぎょう」とは読まないのではないかと考えたのである。そして、江戸時代の史料で「こうげう」と読まれていた例があったため、「くぎょう」という発音を踏まえ、直感的に「こうぎょう」と読むのではないかと考えた[舘2006]。また、「園城寺公胤の研究」と題して博士論文を執筆し、出版に際しても「こうぎょう」の読み方を記した[舘2010]。

僧侶の名前を、法名とか僧名とか戒名などという(以下、僧名で統一)。この僧名は基本的には漢字2文字で構成されていて、読み方は音読みすることが基本である。漢字の音読みには、呉音、漢音、唐音などがあり、呉音のみで読むとか、漢音のみで読むなど口伝による読み方の伝承が宗派ごとにあったりする。

しかし、実際にはそう単純な話ではない。たとえば、伝承され続けている発音、栄西を「えいさい」、道元を「どうげん」と読むのは呉音漢音混在した読み方である。このような読み方が鎌倉時代としておかしいのかといえばそうとは言えない。親鸞の『西方指南抄』には大勢の僧名が記され、そこに親鸞自身が読み仮名を付しているが、呉音読み、漢音読みのほか、呉音漢音混在読みも含まれていた[舘2014]。また、伝統宗派では、宗派ごとに高僧の僧名の読みとして伝承された発音があり、それが当時の史料にも記されていることもある。しかしながら、そのような事例は希有であり、僧侶の読み方の確定は非常に難しいのである。このように、当時の僧侶の読み方を調べた上で、果たして公暁の読みは本当に「こうぎょう」と読むのかという点を再び調査したのである[舘2012]。

公暁の読みを確定させる方法として、まず考えたのが、「公顕―公胤―公暁」という系譜である。公顕は大僧正、公胤は正僧正にまでなった、それぞれがその時代を代表するような僧侶であり、公暁はその系字を受け継いでいることになる。公暁は、鎌倉とも強い関係がある当時の園城寺の中心的な系譜に属し、園城寺に所属する僧侶として鶴岡八幡宮寺別当になった。京都東山の如意寺(廃寺)という園城寺末の山岳寺院の寺務職にもなっていたようで、『華頂要略』には「如意寺寺務職」を勤めた僧侶として「公暁禅師」とあり、禅定に優れた僧侶の呼称が記されている。ただし、事件を起こした鶴岡八幡宮寺の『鶴岡八幡宮寺社務職次第』では「悪別当」の俗称が伝えられ対照的である。

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