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増上寺三大蔵のユネスコ「世界の記憶」登録の意義と課題(2/2ページ)

浄土宗総合研究所研究員 柴田泰山氏

2025年6月18日 10時56分

こうして増上寺三大蔵がユネスコ「世界の記憶」に国際登録された意義をあらためて考えると、まず「世界的文化財としての増上寺三大蔵」ということが世界に認められたということは、大蔵経の歴史、ひいては仏教の歴史が世界に認知されたことを意味するものである。確かに大蔵経はすべてが漢字だけの表記である。しかし、そこに書かれている内容は古代インドのみならず、伝播先の中央アジア、中国という広大な地域の、習俗や文化、医薬や自然、植生や生態などを広く反映した、文学、諸記録、巡礼記、聖人伝、伝奇物語、さらには辞書類など、きわめて多様なジャンルの作品である。それはさながらアジア世界の歴史や文化や思想を映し出した一大パノラマである。

これは特定の宗教や固有の宗派の立場から故意に選別されることで残されたテクスト群ではなく、全体を保存し伝承する志向に支えられた、仏教文献全体を網羅的に収録した叢書である。その意味でも、大蔵経が世界的文化財として認知されたということは、仏教文化圏の歴史や文化や思想が世界に開かれたということでもある。

また増上寺三大蔵は、徳川家康が大蔵経保持の本来の目的のままに、仏教の智慧の象徴として、また徳川の治世の永続を祈願して寄進したものと考えられる。ここにはいわゆる「徳川の平和」と呼ばれる265年にわたる江戸幕府の治世の基盤を作った徳川家康の尽力がある。この家康の想いが増上寺三大蔵というアーカイブスを作り上げたともいえよう。そして江戸幕府の治世の間、世界が大きく動乱していた時代にあって、日本国内では特に大きな戦乱もなく安定した時代を送っていたからこそ、三大蔵は増上寺で護持され続けた。しかも増上寺三大蔵は、江戸時代のさまざまな災害、関東大震災、東京大空襲など幾多の危機を乗り越えてきた歴史的遺産でもある。

増上寺三大蔵は、日本だからこそ今日まで大切に保管され、伝えられてきた存在であるといえる。その意味でも増上寺三大蔵は平和と安穏への祈りの象徴であり、この祈りは時代を越え、現代そして未来へと続くものである。

登録後の課題

増上寺三大蔵は全画像をデジタル化して、全世界に向けて公開している。大蔵経が人類の智慧の宝庫であるならば、デジタル三大蔵は新たなる人工知の宝庫でもある。AI技術も飛躍的な促進を遂げている現代において、デジタル三大蔵は人類の過去の智慧と未来の智慧をつなぎ、ここから新たなる統合知を展開していく起点的存在でもある。

大正時代に、仏教という宗教の領域にとどまっていた仏典叢書としての大蔵経が洋装の活字本として刊行されることによって、語学・文学・歴史学といった人文科学のさまざまな領域で加速度的に利用されることになった。2008年に、『大正新脩大蔵経』がテキストデータベースとしてインターネット上で公開され、現在では人文学はもとより、社会科学、そして自然科学の領域などとも交渉を展開しながら、広く利用されている。

この『大正新脩大蔵経』のテキストデータベースとともに、増上寺三大蔵が「デジタル三大蔵」となって公開されることで、世界中の仏教研究者のみならず、他領域を専門とする研究者たちも、全世界において多言語のもと、仏教が伝える信仰・実践・儀礼の具体的な典拠や、東洋における哲学的思惟の源泉に触れ、その情報を得ることができるようになった。

このことを通じて、今後、人文学を起点とした新たなる知の体系の創造が可能となり、さらには領域を超えた新しい知の創出が大いに期待できよう。ここにこそ増上寺三大蔵の未来像がある。

今般、増上寺三大蔵のユネスコ「世界の記憶」国際登録がかなったということは、単に大蔵経ひいては仏教文化が世界に認知されたということではない。それ以上に、すでにデジタル公開している増上寺三大蔵の未来像、そしてデジタル人文学の今後の在り方が強く求められているものと理解すべきであろう。だからこそ急速に進化しているAI技術と、古典知の象徴でもある大蔵経とが、積極的に連携し、将来的にはデジタル空間において全世界の人々が大蔵経に接することで、無限の可能性を有する新たな「デジタル大蔵経」の編さんを進めていく必要がある。

今後は、古典的な人類の智慧を、未来的な叡智へと転換していき、次世代の新たなる人類知の創造に対して、増上寺三大蔵が大きく寄与していく時代になるはずである。ユネスコ「世界の記憶」に増上寺三大蔵が世界的文化財として国際登録された本旨は、この点にあるものと考える。

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