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中外日報社「宗教文化講座」

《「批判仏教」を総括する➀》「批判仏教」論争の本質を問う(2/2ページ)

駒澤大名誉教授 石井公成氏

2025年9月19日 11時14分
差別戒名・儀礼問題

また、駒澤大学では、駒大卒業後、比叡山で天台教学、特に天台本覚思想を研究した山内舜雄氏が、天台本覚思想こそが仏教の理論的頂点であって道元を含めた鎌倉新仏教は本覚思想を基盤としているとする島地大等の説と、道元の著作中で本覚思想を批判しているように見える箇所にはさまれ、ゆれ動く論文を発表していた。

そうした時期に起きたのが、曹洞宗における差別戒名・差別儀礼が問題とされ、糾弾された事件だ。そのため、曹洞宗は駒大仏教学部の教員を主なメンバーとして「業の研究会」を発足させた。ここでの討議を通じて、袴谷氏は差別の根拠、というより諸悪の根源は本覚思想だとする主張、松本氏は如来蔵思想だとする主張を強めていったようだ。

この議論は、「正しい仏教」に立脚していた宗祖の道元は差別とは無縁だとする護教論の性格も帯びていた。このため、道元の著作には本覚思想の影響も見られることが確実となっても、そうした道元が女性差別を厳しく批判していたことの意味が問われることはなかった。また、奈良時代に社会事業をおこなったのは、五姓各別を説く法相宗の僧たちだった。

筆者はここで、ジョージ・オーウェルが『動物農場』において、豚たちが「すべての動物は平等である。(それを理解している)ある動物たちは他の動物たちより平等である」と称して特権階級となり、他の動物たちを搾取したことを思い出さずにはおれない。社会の階層や差別の正当化を意図して構築された思想はもちろんのことながら、どんな思想もそうした正当化のために利用できるし、逆に平等を求める運動の根拠ともなりうる、また、思想はそれが意図したものとは異なる社会的な影響を与えることがある、というのが歴史の実際の姿ではなかろうか。

松本氏と袴谷氏の主張は、チベットの中観派の思想を重視したものだった。ただ、その大成者であるツォンカパは、実は密教を重視していた。しかし、両氏は、『華厳経』とそれを展開させた面のある密教をヒンドゥー教の影響を受けた仏教側の基体説の典型とみなして忌み嫌っていたためか、ツォンカパの密教については触れようとしない。ツォンカパの中観思想を知的なものと評価する松本氏の著書が『チベット仏教』ではなく『チベット仏教哲学』となっており、ニンマ派の密教については基体説だとして批判するものの、ゲルク派のツォンカパの密教には触れないのがその良い例だ。

論争の収束とその後

つまり、松本氏も袴谷氏も、仏教思想のうちで自らが重視する思想を「正しい仏教」とみなし、好まない思想を「土着思想」と呼んで差別の根拠だと説いたのだ。「土着」という言葉は、外来でない思想に対する強い侮蔑と嫌悪を示している。この語には、ヨーロッパから布教におもむいたキリスト教の宣教師が、それぞれの地の宗教・習慣を邪教・迷信と呼んだのと同じ響きが感じられる。

実際、松本氏だけでなく、言葉の尊重を説く袴谷氏も、キリスト教の影響がかなり強かった。その点では批判仏教は、イギリスの植民地となってキリスト教教育を押しつけられていたセイロンで、キリスト教に反発しつつも大きな影響を受けて生まれたダルマパーラの仏教が「プロテスタント仏教」と呼ばれたことに似ていると言えよう。「プロテスタント」とは、聖書の言葉を尊重し、宗教面と世俗面の権威であったカトリック教会に抗議する者たちだった。

批判仏教の嵐が吹きまくると、研究者たちは賛成ないし反対の立場表明を迫られた。仏性説を尊重していた三論宗の吉蔵の研究者であった伊藤隆寿氏は、悩んだ末に批判仏教の側に立ち、中国仏教の教理を批判的に見直した労作『中国仏教の批判的研究』を発表している。むろん、中間的な立場の者や無視した者も多く、次第に立場を変えていった者もいる。

ただ、袴谷氏と松本氏は著書や論文を精力的に発表し続けたが、袴谷氏は「正しい仏教」として賞賛する対象を次々に変えたうえ、松本・袴谷氏が激しく対立するようになったためもあって、両氏の主張に明確に賛同する研究は急激に減っていった。代わって学界で増えたのは、両氏の研究を意識しつつも、両氏のような明確な価値判断は避け、より精密な文献研究を進展させて通説と批判仏教側の説の見直しをおこなう論文だ。それが現在の状況ではなかろうか。

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