原発事故被災地寺院の現状と将来 ― “旧地帰還の願い”阻む厚い壁(1/2ページ)
大正大元学長 星野英紀氏
東日本大震災で活躍した僧侶についてはマスコミでかなり報道された。しかしそうした僧侶は一握りである。その他の“普通の”被災地僧侶はどうしているのか。その一端を福島県で行っている私の調査結果を通じて論じてみたい。
福島県双葉郡浪江町は福島第1原発が立地する富岡町の北隣の町である。放射能が北西方向に流れたことにより浪江町住民には3月12日朝に避難指示が出た。いまだ約2万人の町民は元地での生活復帰を許されていない。住民は福島県中通り、浜通りの各地に分散して住んでいる。
浪江町住民と寺院のその後の関係はどうなっているのであろうか。檀家のお葬式、遺骨の安置場所、法事、墓参りはどうしているのか。旧コミュニティは崩壊した。コミュニティと深く関連していた施餓鬼会や報恩講など重要な行事はどうなったのか。お坊さんは仕事がなく不安におののいているのではなかろうか。お寺はいま苦境にたっているのか。将来はどうなるのか。
浪江は大きな町で地域・地区によって気候や風土も違う。東端は太平洋に面している。西端の津島地区は標高500メートルの山地である。その間にある中央地域は一部商業地域でおおむね農業地域である。津波の被害を受けたのは海岸地区である。約150人の住民が犠牲となった。中央地域、標高500メートルの津島地区は津波被害皆無である。
建物被害は、海岸地域は流失(全壊)であるが、中央地域、津島地区は「一部損壊」が約半分を占める。3年が経過した今、「あれ」さえなければ少なくとも中央地域と津島地区はすでに生活面では復旧していたに違いない。「あれ」とは言うまでもなく原発事故である。
東日本大震災翌日以降、浪江町はいまだ誰一人として完全な帰郷(つまり旧地で生活すること)を許されていない。2013年4月1日、警戒区域の再編成が発表された。海岸沿岸地域は「避難指示解除準備区域」、中央の平野部は「居住制限区域」、山の津島方面は「帰還困難区域」という3区域に分割された。
原発に一番近い海岸地域が放射能汚染がもっとも低く、除染が終わる数年後には帰宅が認められるという判断が示された。中央部の「居住制限区域」は住むことはできないが日帰り訪問はできる。3地域のうち原発から最遠の津島地区の「帰還困難区域」は最も条件が厳しく最低5年は帰村できず、それを過ぎても居住許可が出ない可能性もあるという地域である。
僧侶は寺の将来をどのように考えるか。もちろん線量の多寡と地域指定だけが僧侶の判断基準になるわけではない。しかし住民のいない汚染地域に僧侶だけが帰還ということは考えにくく、地域指定は大きな意味を持つ。
私の実施したアンケートによると、「旧地に戻る気がない」と回答した津島地区U寺の檀家47・9%のうち、「戻らない」決断に警戒地域再編がなんらかの影響があったという人が全体の61・8%に上った。さらに13年秋「政府がすぐに戻れない宅地を買い取る方針」というニュースが流れた。このことでさらに戻らない人が増えるであろう。住民もお寺もその未来は政府、行政の方針に翻弄されるままである。
フェース・ツー・フェースの関係に近かった浪江町の寺院と檀家の間柄だが、いまや離れ離れとなり携帯電話が頼りである。寺の年中行事も激減した。では避難地域の僧侶は日々どうしているのか。次の表1は、11年4月~12月の浪江町海岸地域MA寺の法務を月ごとにまとめたものである。
MA寺は檀家数900軒とされる寺であるが、この年は葬儀の数が異常に多い。大震災直接死と関連死の両方である。法事の数は著しく少ない。スペースの都合上掲載しないが、これが12年になると、葬儀数は半分(おそらく通常の数)になり、法事の数が10倍、墓地関係の法務が0から35件となっている。つまり大震災から1年後には法務執行の状況は通常パターンに戻りつつある。
住職は福島市に住んでいる。葬儀、法事は居住地近くの葬祭ホールで行われる。住職は福島市の仮寺務所から自らハンドルを握って駆けつける。多くの避難者が住むいわき市、会津市の場合は片道100キロを超える。相馬市、南相馬市あたりでも80キロほどである。
法務で使用のガソリン代は東電より補填される。MA寺住職の場合、走行距離は一番多い月で2062キロ、11年4月~12月の走行距離合計9188キロ、12年1年間で合計1万3557キロであった。故郷を離れてもほとんどの檀家が元地の菩提寺住職に供養を依頼する。だから葬儀、法事、墓地改修など死者の回向に関することは、いまも菩提寺が務めている。
しかし以前とまったく変わりがないわけでもない。浜通り、中通り周辺は一周忌には多くの親戚、知人などを招く習慣がある。しかし東日本大震災以降は縮小化が目立つ。葬儀そのものも連絡先を限定する傾向にある。都市の「葬儀の私化」に類似した傾向である。
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