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第22回「涙骨賞」を募集
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失われた念仏のうたごえを求めて(1/2ページ)

浄土宗龍岸寺住職 池口龍法氏

2020年12月4日 10時14分
いけぐち・りゅうほう氏=1980年、兵庫県生まれ。京都大、同大学院ではインド、チベットの仏教学を研究。2009年に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足。14年より浄土宗龍岸寺住職として、念仏フェス「十夜祭」や浄土系アイドル「てら*ぱるむす」運営などに携わる。著書に『お寺に行こう!坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)など。

平成の初めごろだと思う。小学生の私が出会った、忘れられない強烈な光景がある。

哲学用語が散りばめられた小難しい講釈が滔々と語られ、そして「わしの言ってることは世界一や」「皆さんには理解できんやろけどな」と、破天荒な言葉が本堂に響く。現代なら、侮辱的だとの苦情が寄せられかねない法話だ。声の主は、知る人ぞ知る浄土宗の傑僧・山本空外師(1902~2001)である。

山本師は、東京帝国大学で西洋哲学を極めたのちに仏門に入った。豊富な知見を駆使した気迫の法話は、有無を言わせず「世界一」だと信じさせるものがあった。山本師が語り始めると、仏教の深淵に肉薄していくような高揚感に包まれた。「山本師の話を聞きたい」とわざわざ慕ってくる信者さんも多かった。もっとも、小学生の私にはちんぷんかんぷんで、講釈の内容は今や記憶の片隅にもない。ただ、「念仏はいのちのうたごえ」だと言い、念仏行に明け暮れたという山本師には、子供にも感じられる圧倒的なオーラが確かにあった。

それからおよそ30年が経った。そして今年は戦後75周年である。私は昭和55(1980)年生まれなので、子供の頃には、明治生まれのお坊さんや檀家さんがお寺に来ることも珍しくなかった。大正生まれの人になるとまったくピンピンしていた。

今になって思うのだが、戦前の教育を受けた世代には、山本師にかぎらず、命をかけて信仰を追求しようとした人が当たり前のようにいた。穏和な人でも宗教の話になるとスイッチが入ることがよくあった。私が月参りに訪ねたら、滞在しているあいだずっと「南無阿弥陀仏……」と唱え続けていた檀家さんもいた。まさしく「念仏はいのちのうたごえ」であった。近年では目にしなくなった光景である。

おそらくは、戦前の日本において、信仰文化を守ることが日本人のアイデンティティーだったのだろう。日々暮らせているのは、あの世において、阿弥陀如来がご先祖とともに守ってくださっているおかげである。また、この世においては、万世一系の天皇陛下が統治してきてくださったおかげである。天皇陛下を現人神として拝み、命を惜しまずに玉砕することを礼賛できたのは、そのような信仰の土壌が広く行きわたっていたからであろう。

もちろん戦争を賛美するつもりはない。ただ、日本人は凄惨な敗戦を経たときに、宗教的心情に大きなトラウマを残しただろうことは、理解しておくべきだと思っている。万世にわたってこの国を築いてきた天皇陛下が、突如ひとりの人間となり崇拝の対象でなくなった。そうすれば、仏壇の本尊に向かって万世の先祖を畏敬する心情もまた、過去の時代の懐メロにならざるをえない。戦後の復興の時期はともかく、高度経済成長以降に物質的豊かさをひたすら追求したのは、喪失したアイデンティティーの代わりになるものとして、物質的豊かさを信仰したからだろう。しかし、バブル崩壊とともに、物質的豊かさへの信仰ももろくも崩れ去った。この先の未来にも日本の景気が上向きになる兆候などなく、物質的豊かさは頼りになりそうもない。しかも、東日本大震災をはじめ、天災地変は毎年のように襲ってきて、私たちの日常を容赦なく奪っていく。

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