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刊行仏書が示す新たな近世仏教像(1/2ページ)

東北大大学院准教授 引野亨輔氏

2024年12月27日 09時43分
ひきの・きょうすけ氏=1974年、兵庫県生まれ。広島大大学院文学研究科博士課程修了。東北大大学院文学研究科准教授。専門は日本近世仏教史、近年は特に商業出版の成立と仏教知の変容を研究課題としている。著書に『近世宗教世界における普遍と特殊』(法藏館)など。

長年愛用しているインターネット古書店サイト日本の古本屋で、「和訓図会」と入力して検索をかけてみる。そうすると、たちまち50~60部の古和書がヒットし、それらの多くが江戸時代に出版された仏書であることに気付かされる。

「和訓図会」の書名を持つ仏書が刊行されたのは、もっぱら江戸時代の後半であるが、「和談鈔」や「絵抄」で検索し直すと、もう少し早い時期に出版された仏書を探し出すこともできる。そして、それらの古和書は、保存状態次第では5~6千円というお手ごろな値段で購入できる。

今年の8月末から刊行が開始された『近世仏教資料叢書』(臨川書店、末木文美士・引野亨輔監修)の第1巻を編集するに当たって、私が意識していたのは、こうした古書市場の現状であった。

現在の古書市場

そもそも、江戸時代に出版された通俗的な内容の仏書が、現在でも大学教員の安月給で十分購入可能な値段で取り引きされているという事実は、何を指し示しているのだろうか。

モノの値段は需要と供給のバランスで決められるわけだから、現在の古書市場において、仏書があまり人気のない(需要の少ない)商品であることは間違いない。実際、同じ時期に出版された古和書でも、山東京伝の黄表紙や十返舎一九の滑稽本であれば、数万円あるいは数十万円の値段が付くものも珍しくない。

ただし、供給の面からみれば、もう一つ別の事情を指摘することもできる。当然ながら、江戸時代に出版された古和書は、廃棄処分の危機を何度も回避して、古書市場に姿を現す。ふと思い立ってインターネット古書店サイトを検索しても、常に一定程度の通俗仏書が見付かるというのは、それだけ江戸時代当時の流通量が多かったことの証しではないのか。

試みに、柴田光彦の労作『大惣蔵書目録と研究本文篇』(青裳堂書店)で、江戸時代の名古屋で活躍した貸本屋大野屋惣八の蔵書を探ってみると、大野屋は「和訓図会」の書名を持つ主要な通俗仏書をまんべんなく収集していたことが分かる。江戸時代の通俗仏書は、貸本業を支え得る書物としても認められていたわけである。

商業出版が成立した江戸時代に大量に出版され、庶民層にも良く読まれた通俗仏書。これを無視しては、正確な近世仏教像を描くことができないのではないか。以上のような問題意識から、『近世仏教資料叢書』第1巻には、「通俗仏書の出版と民衆仏教」という副題を付け、『阿弥陀経和訓図会』・『般若心経和訓図会』・『観音経和訓図会』など、江戸時代の代表的な通俗仏書を翻刻収録することにした。

個性的な仏弟子らの逸話

さて、大量に流通していた仏書を、研究に不可欠の素材として紹介していくのが、『近世仏教資料叢書』刊行のねらいなのだが、翻って考えてみると、こうした書物はなぜ江戸時代人によって盛んに読まれたのだろうか。

最も単純な理由を一つ述べておくと、それは通俗仏書がおもしろかったからということになる。

例えば、『近世仏教資料叢書』第1巻に収録した『阿弥陀経和訓図会』は、浄土三部経の一つである阿弥陀経を、平易な和文で解説した書物である。しかし、同書を漢文経典の逐語的な解説書と思って読み進めると、意外な印象を抱くことになる。

周知のように、多くの仏教経典の冒頭では、釈迦の説法に耳を傾けた仏弟子の名前が列記される。それらの名前は、いかに多くの人々が仏説に魅了されたかを讃える修辞のようなものであり、経典の内容を理解する上で、個々の仏弟子の経歴に精通する必要はない。

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