老婆の一喝
赤穂藩主浅野家の筆頭家老・大石内蔵助は、主君の汚名を晴らすため吉良邸討入の決意を秘めて京都山科へ隠棲した。油断させるため放蕩三昧を演じ、夜な夜な東山を越えて五条坂から祇園へ繰り出したというのが世に知られる「忠臣蔵」の筋書きである◆五条坂を市中へ下る途中から共同墓地を抜けて上がると、清水寺の裏門から境内に入ることができる。緑樹の向こうに清水の舞台が見え、音羽の滝の辺りは観光客がひしめき、茶店もにぎわっている。現代風にアレンジした着物姿の女性や羽織を着こなした男性も多い◆巨大な木組みの舞台を見上げ、三重塔の鮮やかな朱色を目にしながら山門まで出ると、清水坂を埋め尽くして人波が押し寄せてくる。坂の両側に並ぶ土産物店は人であふれ、疲れて道端に座り込んだ外国人観光客のグループが、手にしたものを食べる姿があちこちにある。以前はこんな風景は見なかった◆すると、どこから出てきたのか老婆が現れて、座り込む外国人を叱りつけるように声を上げた。「そんなとこへ座って食べんといて!」。「たべんといて」の「た」と「と」のアクセントに力を入れた京都弁で、両手のひらを上に向けて立ち上がるよう動かした◆その言葉がどこまで伝わったかは分からない。外国人たちはしぶしぶ腰を上げた。京老婆はなかなか手厳しい。インバウンドに沸く京都ならではの景色だろう。(形山俊彦)




