危うい抑止論 被爆国こそ平和の先導者に(11月29日付)
世界は今、かつてないほど平和を希求しながら実現の方途を見いだせないむなしさに覆われている。我が国では自衛力の強化と反撃能力の獲得という「抑止力」の議論が繰り返されるが、ウクライナやパレスチナ、イスラエルで私たちが目にしているのは、敵の脅威を上回る威力を示して戦闘がエスカレートする現実である。
「抑止力」とは、敵対勢力の脅威から自国を守るための手段として、相手に脅威を与える武力を保持し対抗措置とする、力に対し力で応じる力学である。戦闘行為を誘発する目的はなくとも、対抗する力を示すことで相手を挫く効果を期待する。だが実際は、敵の武力を上回る武力で相手を制圧するまで応酬はやむことがない。
ロシアのウクライナ侵攻で国連の機能不全がクローズアップされた。激しい攻防が続く中で、今度はイスラム組織ハマスとイスラエル軍の大規模な戦闘が始まり、民間人の犠牲が拡大し続けている。国連のグテーレス事務総長は、国際人道法の明らかな違反行為がなされていると、ハマス、イスラエル双方を強く非難し即時停戦を訴えたが、当事国の反発を招くに至っている。
自国への非難決議案に対しロシアが拒否権を行使した問題について、イエール大のポール・ケネディ教授は「拒否権は大国を国連にとどめておくために生まれたものだ。ソ連のグロムイコ外相がこれを求めた歴史がある。いわばサーカスのテントに猛獣をとどめるための方策である。拒否権はこれまで米ソ両大国が繰り返し発動してきた」と発言している。
第2次世界大戦後、新たな世界秩序を構成する国際連合の組織図を描いた連合国は、常任理事国の拒否権という形で自らの利益保護を図ったというわけだ。こうした状況の中で、核の脅威や戦争の危機を回避するために何ができるだろうか。東西冷戦下でキューバ危機と呼ばれた米ソ両国の一触即発の緊迫情勢に対して、ケネディ米大統領がソ連のフルシチョフ首相との対話を求めて書簡を交わし、間一髪のところで核戦争誘発の事態を回避した歴史がある。
力の誇示、あるいは武力による威圧を手段としない平和主義や非暴力の主張は、非現実的な理想主義として否定的に受け止められる傾向が強い。しかし「抑止力」という曖昧な政治的力学で現実を一層危険な状態に導くより、武力によらない平和を掲げ貫くことの方が、実は人々の心を動かす大きな力となる。平和のリーダーたる資格を持つ被爆国こそは、抑止論からの脱却を先導すべきだろう。