国際宗教社会学会に参加して 新たな権威主義の台頭の意味
東京大教授 伊達聖伸氏
6月30日から7月4日まで開かれた第38回国際宗教社会学会に参加してきた。会場となったのはリトアニア第2の都市カウナスにあるヴータウタス・マグヌス大学で、東欧の旧共産圏としては初開催となった。大会テーマは「分断社会における宗教、移民、紛争」という時宜を得たものだった。
リトアニアはバルト三国のなかでは最もカトリック人口の割合が高いが、ポーランドほどではない。しかし、ポーランドは冷戦終結後カトリックの割合が微減しているのに対し、リトアニアでは増加している。とはいえ、人びとの教会に対する信頼度は6割台から4割台に落ち込んでおり、無宗教も人口の2割を占めている。
最初のプレナリー・セッションで講演したクイーンズ大学ベルファストのヴェロニク・アルトグラスは、「宗教紛争」と呼ばれることの多い北アイルランド紛争を取りあげ、宗教言説を文脈化しつつ、宗教という要因が実際に何をしているのかを注意深く観察する必要があると強調した。
圧巻だったのは第2プレナリー・セッションに登壇したグイド・カルリ社会科学国際自由大学のクリスティーナ・シュテックルで、キリスト教保守派が宗教的信念というよりも政治的アジェンダとしてキリスト教的価値を用いていることを、欧州・ロシア・米国にまたがる地域の例に即して自在に論じていた。
このような運動は教会制度からは距離を取っていることが多く、政治的影響力を求めて戦略的に行動しているという。特に宗教の自由の名におけるホームスクーリングは、宗教的少数派の抵抗運動というより、リベラル社会への挑戦として機能している。
他にも、近年西洋社会で増加している無宗教の分析を試みるパネルなどを興味深く聴いた。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ノルウェー、フィンランド、ブラジルで自分のことを宗教的と規定する人びとと無宗教と考える人びとのあいだで、環境問題をめぐる価値観では有意な差がほとんど見られないという。
私は、メキシコのロベルト・ブランカルテ、カナダのダヴィド・クサンスと、「民主主義の価値と結びついてきたライシテが現在でも存続していると言えるか」を問うパネルを企画し、国際平和に資するライシテの水脈を掘り起こすことを試みる発表をした。同じパネルで日本から参加した田中浩喜が、戦後日本のプロテスタントがライシテに果たした役割について論じた。
総じて、現代世界においては新たな形の権威主義が生じており、それは地域ごとに異なる様相を呈している。そして、その背景には、各地域に特有の歴史的蓄積や固有の論理が影響しているということについて、参加者の間で共通の認識が得られた。この現象を適切に言語化し、有益な比較研究に繋げていくことが次なる課題である。
日本からの参加者は、前回の台湾で開かれた学会に比べて少なかったが、櫻井義秀、清水香基、高橋典史、岡井宏文、清藤隆春の各氏と現地で出会ったり、報告を聞いたりすることができた。