写楽の謎
「歌舞伎役者の似顔をうつせしが、あまり真を画かんとてあらぬさまにかきなさせし故、長く世に行はれず。一両年にして止む」――。浮世絵師・東洲斎写楽に対する同時代の人物による評だ◆写楽は役者絵を得意とし、思わず目を引くような大胆なデフォルメと構図が特徴。放映中の大河ドラマの主人公・蔦屋を版元としてデビューしわずか10カ月の間に約150点の作品を残して突如表舞台から姿を消した謎の人物とされる◆作品の有名さに比して素性が明らかではないことから、人々がその「正体」探しに躍起になった時代があった。同じ浮世絵師の歌麿や北斎の変名であるとする説や、著名な日本画家や戯作者、はたまた版元の蔦屋本人だったとする説まで、同時代の様々な人物の名前が挙げられてきた◆いずれの説も謎解きゲームのような楽しさと説得力があったように思う。とはいえ、江戸時代の文献に写楽の「俗称」として言及があり、研究の進展によりその実在が確認できたことから、写楽は阿波藩お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛であることで論争はほぼ決着した◆「幽霊の正体見たり枯尾花」ではないが、謎を謎として楽しんでいた身としてはいささか拍子抜けしたことを覚えている。大河ドラマにもこれから写楽が登場するはず。どのような説に依拠するのか、独自の話が展開するのか、今から心を躍らせている。(佐藤慎太郎)