科学と神学
バチカンの教皇フランシスコが亡くなる前、科学者向けに出したメッセージで、テイヤール・ド・シャルダンの名が言及されていた。イエズス会士で北京原人に関する業績で知られる古生物学者だが、叡智圏の進化というキリスト教的進化論を説き、危険視されて活動を制限された。日本語訳著作集(11巻)も出ている◆彼の名前に、おや、と思ったのは単なる筆者の無知で、少し調べるとバチカン内での評価の方向は違っていた。教理省長官時代、ガチガチの保守派だった前教皇ベネディクト16世は熱烈に称賛。教皇フランシスコも冒頭のメッセージ以外に、回勅「ラウダート・シ」で彼の「貢献」に言及している◆さっそく主著の『現象としての人間』を書棚に探した。しかし引っ越しの際、断捨離で処分してしまったらしく、悲しいことに見当たらない◆ともあれ、科学と神学、形而上学を組み合わせた(かつては危険視された)思想が、なぜわずか半世紀ほどで教会において先駆者として称揚されるようになったのか。叡智圏の究極へ上昇する神秘的進化のイメージとビッグバンが象徴する現代的宇宙像は、キリスト教と共鳴し合うのだろうか◆戦争、暴力の連鎖から脱し得ず、AIの急激な進歩からは取り残されてしまいそうな人類の不安のなか、希望を未来につなぐ科学との対話の手掛かりがあるのかもしれない。(津村恵史)