先人の息吹
中外日報東京支社の隣接地で発掘調査が行われている。渋沢栄一と同じ時代に活躍した実業家・諸井恒平の邸宅跡だ。発掘の過程を見られる機会はめったにないので、たいへん興味深い。解体している時には屋敷の内部や奥まった所に立っていたれんが造りの蔵も見えて、セメントやれんが、鉄道で新時代をけん引した財界人の生活が偲ばれた◆東京支社は文京区本郷にあり、5分も歩くと『小説神髄』が執筆された坪内逍遥宅、宮沢賢治が間借りした民家など、文化人の旧居跡が随所にある。多くはマンションに建て替わっているが、樋口一葉の暮らした借家の周辺はかつての雰囲気が残る。一葉の使った井戸は今も水をくめるし、通った伊勢屋質店もある◆石川啄木が2階を借りていた「喜之床」は、当時の建物こそ愛知県の明治村に移設されているものの、理髪店の営業は続いている。髪を切ってもらいながら、この上で歌集『一握の砂』がまとめられ、ここから銀座の朝日新聞に通勤したのかと想像するだけで楽しい◆諸井邸は保存を求める署名も行われたが実現しなかった。今後の経費を考えれば致し方ないが、今は古い建物の一部を新しい建物に取り入れる技術も進んでいる。どの町も先人たちの人生の堆積地だ。その地に生きた人の息吹が感じられ、歴史に学べる町であってこそ、望ましい未来を構想できるように思う。(有吉英治)