故郷の大切な記憶 震災被災地で写真保存(1月16日付)
能登半島地震から丸2年。甚大な被害があった石川県珠洲市に昨春オープンした「スズレコードセンター」は失われつつある奥能登の風土、文化や風習、災害の教訓を記録する施設だ。若いスタッフらが設置・運営し、多くの写真や映像、文書などをデジタル化して保存するとともに展示もしている。
写真の再生保存といえば、今年15年の東日本大震災でも各地でボランティアが実施した。津波に流されて泥だらけになった様々な家庭のアルバムなどが洗って修復され、公共施設などで公開されている場所には、住まいも家族さえも失った人々が震災前の暮らしの手掛かりを求めてたくさん訪れた。
仙台市の荒浜では、被災した街の写真館主が地域の被災者たちの思い出の写真を集めてプレハブのハウスで展示し、また「これからの故郷の希望に」と祭りなど復活した郷土の催しを撮影し続けていた。宮城県気仙沼市では、女子学生が中心になって被災者が辛うじて保管していた被災前の街の写真と証言を集めて『んだんだ(そうだそうだ)本』を作った。
津波とその後の復旧で空地だらけになった街並みを見て「ここは確か、あのお店だったね」「んだ」と思い起こしてもらうためだ。「被災前も後も、未来もつながっているんです。つらい震災を思い出さないことで、懐かしい以前まで忘れることは悲しい」という。
災害でたとえ破壊されても、住み慣れた故郷の景色への思いは強い。そこで寺院などがランドマークであることも多い。能登でも各地で避難所暮らしの住民から「産業も壊滅して若い人がどんどん出ていき、寂しくなるけど、それでも生まれ育ったこの地に住み続けたい」との声を何度も聞いた。
復興の著しい遅れで、被災地奥能登4市町の人口は1割も激減した。開設前から市民が次々と写真などを持ち込み多くの訪問者がある同センターは「茶話会」や復興について考える集まりなど住民交流イベントも催し、地域のつながりを取り戻す意志が明確だ。
これに比べ困難な状況なのが福島県。国策で立地した原発の事故によって住民たちが故郷を捨て長年の避難を強いられた。挙げ句にようやく帰還しようにも、やはり国策の「復興」の大号令による先端産業を軸にした巨大開発で、かつての街並みが跡形もなく消滅しつつある。津波被害とは無関係な市街地もだ。
珠洲の同センタースタッフが「能登らしさが失われないような、本当の復興にしてほしい。そのために役立ちたい」と強調した言葉が胸に響く。






