老いという円熟 健康習慣で人生を輝かせる(9月3日付)
一日の生活習慣として「一読・十笑・百吸・千字・万歩」を実践し、頭も体も鍛えて生活不活発病を予防しよう――と提唱したのは杏林大医学部名誉教授の石川恭三氏だ。臨床循環器病学の権威である石川氏は、1日1回はまとまった文章を読み、10回くらい笑い、100回ほど深呼吸をし、千字くらい字を書き、1万歩を目指して歩くことで健康寿命を保て、老いを輝かせることができると説いている。「敬老」とは老いを敬うことに他ならない。
「健康習慣」にはどんな効果があるだろうか。息を吸うと交感神経が優位になり、息を吐くと副交感神経が優位になる。笑いには免疫力を高め、認知機能の低下を防ぐ効果がある。「楽しいから笑うのでなく、笑うから楽しくなる」という考え方で自分から笑い、人をも笑わせる。文章を読んだり文字を書いたりすることは、頭の体操になる。高齢になるとできなくなったことにとらわれがちだが、まずは今の自分を受け入れることが大事で、体力は衰えても長年の人生経験で得られた知恵がある。
自分でできることは自分でする心構えを失わないことや、人の助けを借りたら「ありがとう」と心から感謝の気持ちを伝えることも重要だ。高齢者であることは特権ではない。助けてもらって当たり前と考えるのではなく、長い人生経験を重ねてきたからこそ、元気なうちは人のために役立つことをしたいと考える姿勢を持つことが自身を輝かせる。
ドイツの詩人ヘルマン・ヘッセは、85歳まで生き、老いてゆく自分を見つめ、そして死んだ。晩年の随筆に「老年は、わたしたちの生涯のひとつの段階であり、ほかのすべての段階と同じように、特有の顔、特有の雰囲気と温度、特有の喜びと苦悩を持つ」と書いている。また「年を取っていることは、若いことと同じように美しく神聖な使命である。死ぬことを学ぶことと、死ぬことは、あらゆるほかのはたらきと同様に価値の高いはたらきである」とも言っている。
青春期も、老いてゆくことも、人生の段階である。それぞれの年代を生き生きと輝いて生きるためには、その年齢に伴う全てのものを受け入れ、肯定しなくてはならない。老年に及んで青春を演じようとすれば老年は卑しいものとなる。自然が要求する老いに従うことなくしては、それぞれの年代の価値と意義は失われるとヘッセは言う。老いを受け入れ、健康習慣を心がけて健康寿命を保つことができたら、人生は円熟の境に至るということだろう。