行方不明・身元不明 宗教者の悲嘆への寄り添い(4月10日付)
東日本大震災発生から15年を超えてもなお行方不明の人が被災6県で計2519人にも上る(3月1日現在、警察庁調べ)。そのうちの何人かは、発見されながら身元不明とされた遺体、遺骨である可能性も大きく、いずれにせよ遺族に大きな悲嘆を与え続ける。
津波という特異性による行方不明は当初、膨大な人数で、グリーフケアの概念で「あいまいな喪失」あるいは「さよならのない別れ」とされた。身近な家族肉親を失った人は、死に顔が見られず、葬儀もままならない苦難を強いられる。
そんな悲しみに寄り添う宗教者たちは、発災後の四十九日に不明者も含めた合同葬儀や遺品だけの葬儀を営んだ。現在も被災地で幼い娘を捜し続ける母親を支える僧侶は、この3月にも「諦められない。せめて骨のひとかけらでもいいから会いたい」との悲痛な訴えに向き合った。
一方の身元不明遺体も各地で相当数に上る。あの時、被災各県の遺体安置所には記番号だけを表示した遺体が並んだ。宮城県名取市役所では着衣や身体の特徴を記した数十人分ものリストが掲示され、家族の消息を求めて「体の一部」「左脚」という情報にさえ食い入るように目を凝らす遺族が相次いだ。
宮城県亘理町の寺院では、身元不明のまま境内に仮土葬された多くの犠牲者の衣服や遺品を手掛かりとして展示していたが、身元判明にはかなりの月日を要した。まして遺骨だけなら複数のDNA鑑定を交えても年月がたつほど判定は困難になる。昨年、奇跡的に親元に帰った岩手県の女児(死亡当時6歳)の場合は、遺骨発見から歯やミトコンドリア鑑定に2年半以上かかった。
ここでも宗教者の役割は大きい。岩手県陸前高田市の寺院では最大400体もの不明遺骨を保管して弔い、捜しにくる遺族に対応した。同県の別の寺の住職は、安置所で身元の判明しない遺骨を寺に預かり、七回忌後、公的慰霊碑に移管された後も供養を欠かさない。
どんな亡くなり方でも名前が分からなくても、人の命は限りなく重い。「死者の尊厳を最後まで守るのは僧侶の務め」と語る住職は、何年もたってようやく1体の身元、氏名が確認された際には「やっと一つ肩の荷が下りた」と自分事のように受け止めた。
「お名前は、その人の生きた証し。人生そのものです」。その信念から震災全犠牲者の氏名を読み上げて慰霊する老住職、公設慰霊碑の犠牲者銘板をなぞりながら念仏する僧侶。そんな宗教者たちの姿が今後も救いとなるだろう。







