年賀状の効用 人との繋がりを保つ秘訣(1月14日付)
最近、年賀状じまいをしたという声をあちこちで聞く。実際、日本郵便による年賀はがきの発行枚数は、2004年用の約44億6千万枚をピークに減少する一方だ。本年26年用は約7億5千万枚だった。ピーク時の16・8%である。1人当たりの枚数も04年用が35枚だったのに対して、26年用は6枚である。
年賀状については、発行枚数が多かった時期でも形骸化しているという指摘があった。営業用はともかく、表の宛名も裏の挨拶も印刷で、定型文しか記されていなければ、もらってもうれしくない。また、子供の写真を載せるのは配慮に欠けるといった意見もあった。相手に合わせて書き、手書きの一言が欲しいところだ。
今や、年賀状そのものが虚礼文化のように見なされている向きがある。さらに輪をかけて、個人情報保護法制定以降は、学校や職場の名簿類に自宅住所を掲載しなくなり、年賀状を出そうにも相手の住所が分からない。また、近年ではSNSを通じていつでも連絡が取れるようになり、年1回だけとはいえ手間のかかる年賀状を出さない傾向が強まった。
しかし、発想を逆転させてみれば、そのように手間をかけて出すところに、むしろ年賀状の意義があるのではないだろうか。手間をかけたことが相手に伝わり、そこで心を通じ合えることができるからである。わずか年1回のやりとりであっても、それが人との繋がりを保つ秘訣になる。
人との繋がりには、家族や親友の間のような強い繋がりもあれば、たまにしか会わない親戚や知人のような弱い繋がりもある。強い繋がりは自己完結的なものだが、弱い繋がりからは交流が広がる可能性を秘めている。これは社会ネットワーク理論でも検証されている。強い繋がりを絆と呼ぶとすれば、弱い繋がりは縁と言っても良いかもしれない。縁には偶有性という要素があり、そこから意外な出会いが開けてくるものだ。無縁社会と呼ばれて久しいが、そんな世の中だからこそ、縁づくりの一環として年賀状が活用できるのではないだろうか。
年賀状は松の内に出すことになっている。でも、相手から年賀状が届けば寒中見舞いとして礼状を出すという方法もある。紙の手触りや一言の自筆メッセージを通じて、相互に心を通わせることができるとすれば、はがきほど安価なものはないだろう。寺院や教会であれば、住職や教会長が檀家・信徒宛てに一言添えて年賀状を出すことで、神仏にも「結縁」して頂くことができるはずだ。





