大震災15年を超えて 真の「復興」はまだまだ(3月27日付)
東日本大震災から15年を超えたが、岩手・宮城・福島の被災地では政府が主導して進めてきた復興の問題点があちこちで指摘された。生業の復活、生活再建が立ち行かないことから人々の苦難は続き、長年被災者に寄り添い続けてきた宗教者たちからは「真の復興はまだまだだ」との声が聞かれた。
国による「復興事業」として、巨大な建築土木工事中心の開発やインフラ復活が図られてきたが、その中心は旧来の発想と手法による大規模な公共事業にほかならない。昨年度までで総額32・5兆円規模の費用をつぎ込んだそれは、目に見えやすい箱物中心だった。
道路や公共施設などの基盤整備は福島を除いてそれなりに進み、事業を受注したゼネコン・大企業は大いに潤ったが、新たな就労の創出や地域経済活性化という面から長くきめ細かい目で見れば、必ずしも被災地住民のためにならず、「これでいいのか」と疑問視される面もある。
街づくりを例にとると、市街地が津波で壊滅した岩手県陸前高田市は広大な土地を20㍍もかさ上げし、住宅や商店、各種施設をそっくり移転するという巨大事業が10年以上続き、その結果、すぐに生活再建したい被災者は待てずに外部への流出が続いた。現在も、住宅用地に広々と空き地が広がっている。
一方で、各地で計8500億円を費やし約370㌔㍍にわたって建設された最高10㍍超の巨大防潮堤。内側は甚大な被害があったため居住禁止区域になった所もあり、ちぐはぐさが指摘される。海が見えなくなりかえって危険、漁業など海へのアクセスが遮断されるなど、海岸部で職住近接の暮らしを送ってきた人々には“無用の長物”視されることもある。
肝心の人命を守る狙いも、数十年から百数十年に1度の津波と想定は緩やかで、大震災級には耐えられないとの専門家の指摘もある。事業に対する住民の意見を聞く場合もあるが、地域振興行政に関わってきた岩手のある住職は「津波で身内を亡くし家を流された住民に、まずは人命尊重、住宅の安全というプランを示せば、取りあえず受託せざるを得ない」と話す。
そんなハード面の「復興」と裏腹に、人々がその中で昔から生きてきた地域コミュニティーの崩壊も深刻だ。各地の災害復興住宅では、周囲が知らない人ばかりというそんな団地に住み慣れない高齢者らが孤立感を深め、ひっそり亡くなる例も絶えない。「心の復興が置き去りにされている」。孤立死した高齢の親子の福祉葬儀を引き受けた僧侶の言葉が重い。







