科学・学術の自由 政治の圧力の危険さ(5月9日付)
トランプ大統領の指示の下で米国の教育省は4月11日付の書簡でハーバード大に対し、多様性・公平性・包括性(DEI)重視方針の撤回や一部の学部への審査開始などの要求を突き付けた。これはハーバード大だけに向けられたものではない。トランプ政権は幾つもの大学に対し反ユダヤ主義の取り締まりを怠ったとの理由から、方針などの変更を求めて連邦政府の補助金給付を凍結している。
教育省の書簡に対して、ハーバード大のアラン・ガーバー学長は14日付の公開書簡で応答している。そこでは、米教育省からの一連の要求について「私立の教育機関として学問の追究、創出、普及に専念する当大学の価値」を脅かすとして拒否する姿勢を明確にしている。
ガーバー氏は公開書簡で「私立の大学が何を教えるか、誰に教えるか、誰を雇用するか、どの分野の学問と問題を追究できるかについて、いかなる政府も、どの政党が政権を握っているかにかかわらず、指示すべきではない」と訴えた。
折しも日本では、日本学術会議の改革を目指すとして同会議を特殊法人化する法案の是非が問われている。これまで日本学術会議は、会員が推薦した科学者を首相が任命するが、首相はその人事に口は出さないという会員選出のやり方を守ってきた。
これは学術の自律性を尊ぶという原則にのっとっている。民主主義の世界各国のアカデミーはこの原則が保持されている。ところが、日本学術会議を特殊法人化する政府の法案はこの原則から外れ、学術に対して政府の意向が反映するような仕組みが組み込まれている。
そもそも日本学術会議の改革案の論議は、安倍政権、菅政権が学術会議が選んだ会員105人のうちの6人の任命を拒んだところから始まっている。学術会議はどういう理由で拒んだかの説明を求めているが、政府はいまだにそれに応じていない。
科学・学問の自由・自律を巡り、現在、争われている日米両国の問題は、相通じるところがある。選挙で選ばれた政府は、教育や学術に対しても自らの意思を貫き、その自律性を認めないという姿勢だ。多様な立場があり、多様な基準があり、それらが共存して社会は成り立っている。自らの信念に固執し、一つの考え方や基準を押し通そうとする政治は思想信条の自由、良心の自由を脅かし、学術と教育の停滞をもたらし、長期的には国力の衰退をもたらすことになるだろう。