みんなを助ける 戦争体験が生んだヒーロー(5月23日付)
絵本の中のヒーローとして子どもたちに愛されてきた「アンパンマン」は、作者のやなせたかし氏の生い立ちと戦争体験がベースになって誕生した。幼少期の父の死、再婚した母との離別、戦地での行軍や飢え、愛する弟の戦死。戦時中の正義が敗戦後にひっくり返った現実に絶望を抱く中で、お腹をすかせた人に食べさせることこそ正しいことだと確信し、困った人を助け、飢えた子どもに自分の顔を食べさせるアンパンマンの原像が出来上がった。
アンパンマンは大人には不評だった。アニメ化の話が持ち上がった時も、荒唐無稽でグロテスクだと批判的な声があった。ところが幼稚園に行くと、アンパンマンの絵本は子どもたちの手あかにまみれていた。心優しいアンパンマンの物語にみんなが夢中になり、ヒーローとなっていた。その後、アニメ化され、国民的人気を獲得するが、このことは、自己犠牲をいとわず人を助けるアンパンマンに憧れた子どもたちの心に「正義」への共感が芽生えていたことを物語っている。
絵本『あんぱんまん』の後書きに、やなせ氏はこう書いている。「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そういう捨身、献身の心なくしては正義は行えません。あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分をたべさせることによって、飢える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。こんな、あんぱんまんを子どもたちは好きになってくれるでしょうか」
やなせ氏の評伝を書いた梯久美子氏は「アンパンマンは自己犠牲というもうひとつのテーマを問いかけるものになった」という。また、アンパンマンがもう一度誰かを助けられるようになるには、新しい顔を作ってもらう「ジャムおじさん」という他者の力を必要とすること、「だれかを助ける存在であるアンパンマンは、だれかに助けられる存在でもある」ことを指摘している。
アンパンマンは武器を持たないヒーローである。正義を行い、人を助けようとしたら、自分も傷つくことを覚悟しなければならない。やなせ氏は自分のつらい戦争体験を踏まえて、アンパンマンのキャラクターをそのように設定した。そこには「弱い者が勇気を出したとき、ほんとうのヒーローになれるという考え方がある」と梯氏は読み取っている。